親友が嫁に行くことになった
友人…親友と(私が勝手に)思っている友達が嫁に行くことになりました。
普段は身バレ時に相手に迷惑をかけてしまうリスクも鑑みてブログで私の周りの人間について触れることは少ないのですが。
今回は特別な相手でもありおめでたいことでもあるので、備忘録として書いておこうと思います。
仮にA子。エーコとしましょうか。
※投資や資産形成の話とは無関係の戯言です。
普段は身バレ時に相手に迷惑をかけてしまうリスクも鑑みてブログで私の周りの人間について触れることは少ないのですが。
今回は特別な相手でもありおめでたいことでもあるので、備忘録として書いておこうと思います。
仮にA子。エーコとしましょうか。
※投資や資産形成の話とは無関係の戯言です。
エーコとはもう18年ほどの付き合いになるのでしょうか。
お互いに親友だと言った覚えもありませんが、気が向いたらどちらからともなく声をかけて会う、旅行に行く、食事する、飲みに行く…それがずっと続いていて、きっとそれはこれからも変わらないだろうといった感じの気楽な関係です。
エーコはなんとも世渡りのうまい気さくな奴で。
例えるとしたらそうだなあ、ちょうど最近目にした、サボローというキャラがいます。
サボローは甘い言葉をささやいてあの手この手で勉強をサボらせるという触れ込みのキャラですが、「クワガタのいる林教えてやるよ」「コタツとミカン持ってきたぜ」など魅力的な提案をし、実は”いいやつ”ではないかという意見が上がっています。
私にとってのサボローはエーコでした。
エーコはいたずら好きでとにかくユニークな発想をする人間で、私の思いもつかないアイデアを浮かべてはそれを実行するのに私を付き合わせるのです。
多少無茶で強引な案でも、エーコならまあいいか、と許せてしまう。
そしてそれに文句を言いながら付き合うのも、結構楽しいのです。
具体例を挙げると即バレしそうなのであんまり特徴的なことは書けませんが、
おもしろ写真を撮るためにしょっちゅうポーズの指定をしてくるのもエーコです。
必要がなければ地蔵のように動かない、かつ理屈っぽい私と違って、とにかく彼女は行動派なのです。
エーコはエーコで、自分の思いつきに理屈を並べながらもちゃっかり付き合う私をそこそこ重宝していたのではないでしょうか。
別にエーコは目立つことをしたり、率先して皆を引っ張るタイプでもないのですが。
奴の周りにはいつも人がいて、とかく思春期の人間ばかりが集まる”中学校”という空間においても、奴は私の知る限りにおいて学年でただ一人、一切の「敵」がいない人間でした。
要領も良く、容姿も成績も良く、スポーツも万能。何でもない顔をして何でもそつなくこなす。
そうすると誰からかのやっかみも増えそうですが、特に誰からも嫉妬や悪口を集めることもない。
そんな不思議で希少な人間も世の中いるのです。
体育でとび箱の授業がありました。
私の前にはエーコが並んでいて、自分の順番が来ると、エーコは軽々と跳びました。
私の番。
低い段は小学校の時を思い出して跳べたのですが、高い段はいざ跳ぼうと走っていくと、迫りくる箱の迫力にびっくりして箱の前でもたつき、結局跳ばずに皆のいる列にすごすごと戻りました。
「箱のどこに手をつくんだろう?」「どこで踏み切ればいい?」「どうやって跳ぶ?」
首を捻るも答えは出ず、跳べている人のフォームを見ても人それぞれ違ってわからない。またすぐに順番が回ってきてしまうし、2回目も恐らく跳べないだろうと思いました。
2回目。
「じゃあちょっと行ってくるわ」とエーコは列から離れていきました。
エーコが跳ぶのを見ていたのですが、エーコはゆるく走っていたかと思うと、箱の数メートル前でぎょっとするくらいの勢いで猛加速したのです。
エーコが加速したそのポイントは、ちょうど私が迫る箱の迫力に恐れをなし、速度を落とした場所でした。
跳べる者と跳べない者の違いはここにあったのだ、と目からうろこが落ちる思いでした。
実際やってみるとそびえ立つ箱に向かって突っ込むのはやはり怖い。
しかし、きっと加速しなければ跳べない、その確信はありました。
エーコの動きを追いかけるように、勇気を持って勢いをつけて思い切り踏み切ると、思いのほか簡単に、とび箱を飛ぶことができました。
列に戻るとエーコは飄々としていて、「おめでとー」と言いました。
とび箱の件はただの些末なことですが、
それからも、私が何かに迷った時、対応がわからない時、不思議なことにエーコが私の前や横にいて、”言葉のない答え”を持っていることが多々ありました。
もちろん、エーコ本人は私にそれとなく教えようとか、そういう意図もなく。
とりわけ人間関係において、密かに私が奴を「一生友達として大事にしよう」と思えた出来事も起こっているのですが、それはここでは伏せておきましょう。
それは大人や道徳の教科書が教えてくれる「こういう時はこうしたらいいんだよ」というアドバイスよりも深く私の学校生活に影響を及ぼしたに違いなく、褪せていたかもしれない思い出にいまだ彩りを色濃く残しています。
エーコはその能天気な性格によらず知的好奇心も旺盛で、「なぜなぜぼうや」みたいなところもあるのですが、一点に特化した知識にやけに詳しかったりする偏屈な私の話をおもしろがって聞き入ることも多々ありました。
それは今飲み会などをしていてもいかんなく発揮されています。
私と不思議なエーコのそんな関係は、ずっと続いています。
「ちょっと嫁に行ってくるわ」
結婚報告の時、とび箱の時とそう変わらない調子で、奴はそう言いました。
「おめでとー」
と返しましたが多分、それだけで伝わっていると思います。
過ぎ去りし良き思い出の残滓を感じさせる友人の結婚。
非常にめでたい。
エーコの祝儀代は式が近くなったらまた積み立てます。
今夜もうまい酒が飲めそうです。
お互いに親友だと言った覚えもありませんが、気が向いたらどちらからともなく声をかけて会う、旅行に行く、食事する、飲みに行く…それがずっと続いていて、きっとそれはこれからも変わらないだろうといった感じの気楽な関係です。
エーコはなんとも世渡りのうまい気さくな奴で。
例えるとしたらそうだなあ、ちょうど最近目にした、サボローというキャラがいます。
サボローは甘い言葉をささやいてあの手この手で勉強をサボらせるという触れ込みのキャラですが、「クワガタのいる林教えてやるよ」「コタツとミカン持ってきたぜ」など魅力的な提案をし、実は”いいやつ”ではないかという意見が上がっています。
私にとってのサボローはエーコでした。
エーコはいたずら好きでとにかくユニークな発想をする人間で、私の思いもつかないアイデアを浮かべてはそれを実行するのに私を付き合わせるのです。
多少無茶で強引な案でも、エーコならまあいいか、と許せてしまう。
そしてそれに文句を言いながら付き合うのも、結構楽しいのです。
具体例を挙げると即バレしそうなのであんまり特徴的なことは書けませんが、
おもしろ写真を撮るためにしょっちゅうポーズの指定をしてくるのもエーコです。
必要がなければ地蔵のように動かない、かつ理屈っぽい私と違って、とにかく彼女は行動派なのです。
エーコはエーコで、自分の思いつきに理屈を並べながらもちゃっかり付き合う私をそこそこ重宝していたのではないでしょうか。
別にエーコは目立つことをしたり、率先して皆を引っ張るタイプでもないのですが。
奴の周りにはいつも人がいて、とかく思春期の人間ばかりが集まる”中学校”という空間においても、奴は私の知る限りにおいて学年でただ一人、一切の「敵」がいない人間でした。
要領も良く、容姿も成績も良く、スポーツも万能。何でもない顔をして何でもそつなくこなす。
そうすると誰からかのやっかみも増えそうですが、特に誰からも嫉妬や悪口を集めることもない。
そんな不思議で希少な人間も世の中いるのです。
体育でとび箱の授業がありました。
私の前にはエーコが並んでいて、自分の順番が来ると、エーコは軽々と跳びました。
私の番。
低い段は小学校の時を思い出して跳べたのですが、高い段はいざ跳ぼうと走っていくと、迫りくる箱の迫力にびっくりして箱の前でもたつき、結局跳ばずに皆のいる列にすごすごと戻りました。
「箱のどこに手をつくんだろう?」「どこで踏み切ればいい?」「どうやって跳ぶ?」
首を捻るも答えは出ず、跳べている人のフォームを見ても人それぞれ違ってわからない。またすぐに順番が回ってきてしまうし、2回目も恐らく跳べないだろうと思いました。
2回目。
「じゃあちょっと行ってくるわ」とエーコは列から離れていきました。
エーコが跳ぶのを見ていたのですが、エーコはゆるく走っていたかと思うと、箱の数メートル前でぎょっとするくらいの勢いで猛加速したのです。
エーコが加速したそのポイントは、ちょうど私が迫る箱の迫力に恐れをなし、速度を落とした場所でした。
跳べる者と跳べない者の違いはここにあったのだ、と目からうろこが落ちる思いでした。
実際やってみるとそびえ立つ箱に向かって突っ込むのはやはり怖い。
しかし、きっと加速しなければ跳べない、その確信はありました。
エーコの動きを追いかけるように、勇気を持って勢いをつけて思い切り踏み切ると、思いのほか簡単に、とび箱を飛ぶことができました。
列に戻るとエーコは飄々としていて、「おめでとー」と言いました。
とび箱の件はただの些末なことですが、
それからも、私が何かに迷った時、対応がわからない時、不思議なことにエーコが私の前や横にいて、”言葉のない答え”を持っていることが多々ありました。
もちろん、エーコ本人は私にそれとなく教えようとか、そういう意図もなく。
とりわけ人間関係において、密かに私が奴を「一生友達として大事にしよう」と思えた出来事も起こっているのですが、それはここでは伏せておきましょう。
それは大人や道徳の教科書が教えてくれる「こういう時はこうしたらいいんだよ」というアドバイスよりも深く私の学校生活に影響を及ぼしたに違いなく、褪せていたかもしれない思い出にいまだ彩りを色濃く残しています。
エーコはその能天気な性格によらず知的好奇心も旺盛で、「なぜなぜぼうや」みたいなところもあるのですが、一点に特化した知識にやけに詳しかったりする偏屈な私の話をおもしろがって聞き入ることも多々ありました。
それは今飲み会などをしていてもいかんなく発揮されています。
私と不思議なエーコのそんな関係は、ずっと続いています。
「ちょっと嫁に行ってくるわ」
結婚報告の時、とび箱の時とそう変わらない調子で、奴はそう言いました。
「おめでとー」
と返しましたが多分、それだけで伝わっていると思います。
過ぎ去りし良き思い出の残滓を感じさせる友人の結婚。
非常にめでたい。
エーコの祝儀代は式が近くなったらまた積み立てます。
今夜もうまい酒が飲めそうです。
